留学生活雑記−コラム#11:

渡米!一人珍道中

 学生として最後の夏休みに日本に帰省した私であったが、三ヶ月の夏は瞬く間に過ぎ去った。一抹の寂寥感に包まれての旅路は、しかしなんだかトラブル続き。東京からデトロイトまで、一人で行く淋しくも滑稽な、ドタバタ珍道中の記録であります。




 さて、長かった夏期休暇もとうとう終わり。夏の終わりに特有の、メランコリックな遣る瀬無さはおそらく誰しもが経験のあることと思う。私の場合、それに輪をかけて陰鬱とさせるのが日本→米国間の移動なのである。

 私が始めて飛行機に乗ってから十年程経つが、どうもこの空の旅というヤツは苦手である。普段、十五時間だの二十時間だの、日がな同じ場所に座って勉強していたりするくせに、何故か飛行機内での十数時間が苦痛でならない。そんな私にとって、機内での十数時間のうち、一体何時間を眠ることができるかというのは、空の旅の快適さを決める最重要ファクターなのである。

 ところがだ。まずもって空港の場所からして気に入らない。東京、東京と言いながらも、空港があるのは明らかに千葉。東京方面から電車で行くと千葉駅よりもまだまだ先なのであるから、神奈川県民の私は全く閉口してしまう。空港まで電車で三時間弱もかかるのだ。成田−ソウル間だって二時間半だというに、家から空港が三時間とはどういうことだ。そんなに時間がかかるものだから、いつも電車の中で爆睡しまうのであるが、これが困るのだ。大いに困る。そんなところで寝てしまうと、後で飛行機の中で眠れないじゃないか!

 しかし、飛行機が嫌いだからといって、船で行くのはもっと嫌だ。幼い頃、両親に連れられて某所で湾内クルージング二時間ツアーに参加したのだが、海がやや荒れ模様だったこともあって私はその二時間ひたすらに嘔吐し続け、ツアーが終わる頃にはもう足腰が立たず船の縁に転がって空ろな目をして口から胃液を垂れ流す有様だった。我ながら良く生きて帰って来られたと思う。それ以来二度と船には乗っていない。

 まあ、そんな思いを胸に、20XX年8月26午後7時、米国留学での最後の四ヶ月の為に、私は成田空港を飛び立ったのである。

 一人で飛行機に乗るとき、特に長時間のフライトの場合、まず気になるのは隣の人だと思う。隣の人は妙齢の女性であることが望ましい。いやそういう意味ではない。若い女の子なら大抵小柄で座席からはみ出ないし、肘掛を一人で占拠しないし、足をこっちまで広げないし、体臭や香水の付けすぎも少ないからということだ。それにフライトが楽しくなりそうだし。何のことだ、全く。その意味で言えば、相撲部屋の海外遠征などは乗り合わせたくない最たるものである。両隣を力士に挟まれた日には肘掛云々どころの騒ぎではない。船で行った方がまだましかもしれない。ちょっと楽しそうだけど。

 ちなみに、今回のフライトの隣席は中国系のオッサンであった。無念。

 さて、空港までの電車で爆睡した私だが、機内でも眠るべく離陸前から最善の努力を尽くしていた。羊を数えたりしてみるのだが、やっぱりさっき二時間がっつり眠ってしまったためか、そう簡単には眠れそうにない。仕方ないので、本でも読んでみる。

 機内食というのがまた曲者である。飛行機が離陸してから暫くして、ようやく眠くなってきて、あー眠れるー。と思うと、そんな時に限って運ばれて来るのだ。そもそもあの窮屈な席にずっと座りっぱなしでは腹も減らないし、何よりあの閉鎖空間に突如として立ち込めるニオイが堪らない。ゲンナリすること甚だしいのであるが、天性の貧乏性故、まさか要らないなどとは口が裂けても言えない。ビーフ オア チキン!?って何でこの北米航空会社のフライトアテンダントは怒っているのだ。第一、ビーフの何とチキンの何なのかくらい説明してくれないと、選ぶ方だって途方に暮れてしまうじゃないか。ほらみろ、よく分からないのにチキンって言ったら、チキンカレーが出てきてしまったじゃないか。そもそもチキンカレーとロールパンと蕎麦を一緒に出すってのは一体全体どういう魂胆だ。アトキンソンダイエットしてる人がいたら発狂するぞ。それに、チキンカレーはさっき空港で日本での食べ収めにと食べた食事と一緒ではないか!

 摂取をすれば排泄もするというのは、古今東西、有機生命体の宿命である。座り放しのところであれだけ飲み食いすれば、間もなく尿意を催すのは至極自然なことだろう。ところがである。恐ろしいことに、飛行機というのはその生物としての自然の摂理すら簡単には許容しないのだ。通路側の席の人がテーブルを引き出して、その上に膳が載っているのであるから、そこを通り抜けて通路にでるのは人間には不可能である。まあ、中国雑技段とか、ロシアの新体操選手とかなら可能なのかもしれないが、私を含め一般人にはできないのだから、やはりこれはおかしいと思う。早くお膳を下げてくれ!!ああ、もう、そうやってもたもたしているから、隣の席の人が寝てしまったじゃないか。寝ているところを起こさずに通り抜けるのは、ねずみ小僧でも霧隠才蔵でもない私にはやはり無理なのだ。

 やむを得ず寝ているおっさんを叩き起こしてラヴァトリィに向かうと、そこには既に行列が。あああああ。早くしてくれと一心に祈るも、どうも飛行機のトイレに入った人は皆必要以上に時間がかかるので辟易する。ようやく後一人というところまできたら、飛行機が突然揺れ出すのだから全く話ができ過ぎだ。しばらく気流の悪いところを〜、って、待て、席に戻れとか言うな。隣の人叩き起こしておいて、結局トイレ行けませんでしたなんて言えないよ!!NOoooooooooo!

 そんなこんなですっかり眠気も吹き飛んでしまったので、折りよく始まった機内放映の映画でも見ようと思う。で、スクリーンの位置を確認すると自分の真横と遥か前。もう馬鹿馬鹿しくなって、もう一度寝ることにする。目を瞑って、気持ちを落ち着けて、深呼吸、深呼吸。波の上に浮かぶ自分をイメージするんだ、暖かい太陽、心地よい風、そして潮の音…。いいぞ、眠くなってきた、やっと眠れそうd『ヌードル オア サンドイッチ!?』うわあああ!と思わず叫びたくになった。夜食を持ってきたフライトアテンダントなのであるが、だから何でこの人はそんなに怒っているんだよ…。

 勢いに負けてヌードルと答えてから後悔した。麺の伸びた生ぬるいカップヌードルを渡されたのだが、考えてみればラーメンも離陸前に空港で食べたぞ。うん。ラーメンとカレーのセットだったんだよね、日本最後の食事。でも、隣の人の食べてるサンドイッチもしょぼかったのでまあいいことにしよう。ポジティブシンキン。

 配り忘れなのかオマケなのか、すぐ後で鮭おにぎりが配布された。コンビニなどによく売っているタイプの、海苔とおにぎりがフィルムで分かれているアレである。最初に真ん中のテープを引っ張って、次に左右のフィルムを引くと、おにぎりと海苔が合体するやつだ。私が幼い頃に登場した、海苔を湿気らせずに、かつ手をベタベタにすることなく食べるための工夫なのだが、日本製の食品なので当然外装の開け方説明も日本語のみである。私は無論これには慣れ親しんでいるので、海苔の端が破けてフィルム内に残ってしまわないように気をつけつつ、慎重かつ手早く開封することができる。ところが、この機内の多数を占める、中国系らしき乗客にはこの手のおにぎりは馴染み薄のようである。裏のシールを剥がして、おにぎりや海苔を悪戦苦闘しながら手で取り出している人がいる。海苔の存在を無視して米部分だけを食べている人もいる。私の隣席のオッサンに至っては、力ずくでフィルムを引き千切った拍子におにぎりが吹っ飛んで床に転がった。不機嫌になるオッサン。隣で普通におにぎり食べてる自分に理由もなく罪悪感を感じる私。ちなみに、そのおにぎりは数分後に怒れるフライトアテンダントが踏んでしまい、シット!!とか言いながら掃除する破目に陥っていた。これで彼女が益々憤ったことは疑いもない。次に何か持って来るときには用心が必要だ。

 その後はまあ、定石通りに、眠りかけた頃に朝食が運ばれ、眠りかけた頃にトロントに到着した。デトロイトではなく、トロントである。デトロイトには成田からの直行便がある。が、幾許かの運賃をケチった私は、その直行便ではなく経由便を使っていたのだ。つまり、この旅はまだここで中間地点なのである。

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