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■過去の日記■

2005年 10月19日 水曜日

 というわけで裁判所に行ってきましたよ。ボロい(うるさい)車に乗っていた罪で警察にとっ捕まったのは以前に書いた通りですが、本日はそれに関する裁判の召喚日です。指定された時間が昼の三時なんて時間なもんで、やれやれ会社を午後半休して出頭です。

 住所を元にパソコンでプリントアウトした地図を持って裁判所まで運転していったのですが、いざたどり着いてみると、本当にココ?と首を傾げたくなるような田舎の庁舎。でも建物の前にはしっかり行列。ついでに建物の前の駐車場も満車。

 この期に及んで駐車違反を取られるような泣きっ面に蜂は御免こうむりたいので、わざわざ路駐可能な遠くまで止めに行くはめに。

 そうして行列にならび、ようやく入れた裁判所。片田舎のかわいらしい建物でも、金属探知機などもあり流石に中はそれなりに厳重です。

 法廷、といっても前に裁判官の席が上段に設えてあるだけの大部屋ですが、他の人が目の前で次々処断されていく様子を見ながら、自分の名前が呼ばれるのを待ちます。殆どの人がスピード超過やシートベルト不使用などの交通違反。無罪放免で帰っていく人も稀にいますが、大概は罰金刑に収まります。そして、私の前に並んでいた兄ちゃんには懲役実刑判決……。

 前の人が手錠をかけられて連行されていく様子を見て、善良な小市民たる私はすっかり畏縮。事前にいろいろ考えておいた主張もあれよすっかり忘却の彼方。

 まあ、裁判といっても略式のものですから、要するに被告人としてはGuilty、Not Guilty, or No Contestの三択から選んで答えると、それに応じて裁判官から判決が言い渡されるというわけです。

 本当ならNo Guilty、って思いっきり主張したいところですが、そんなことして本格裁判行きになったら面倒なことこの上も無いので、泣く泣くNo Contestに。Guiltyって答えるのとNo Contestって答えるのと、結果がどう違うのかよく分かりませんが、No Contestの方が記録に残る見栄えはマシなようです。

 結局、罰金免除、裁判費用$45のみの請求ということに落ち着きました。若干腑に落ちない部分はあるものの、元の罰金額$700から比べれば上々でしょうか。

 といった感じの裁判所初体験でしたが、結果はともかく、あんまり面白いもんじゃあないですね。できればこれっきりにしたいものです。


2005年 10月5日 火曜日

 昨日修理に出した車がもう直りましたよ。2、3日かかるとか言われていたのに、早かったなあ。今朝さくっと早起きして、バスと徒歩を駆使して取りに行ってきました。

 でまあ、エンジンをかけてみたらそのあまりの静音っぷりに唖然。効果覿面とはこのことか。思わず窓を開けて耳をすませてしまいました。

 しかしですね、あの騒音も実はある種運転の役に立っている部分もあったんですよ。エンジンの音が見事に増幅されるので、今大体どのくらいの速度で走っているかがメーターを見ることなく把握できるんですね。それがすっかりなりを潜めてしまったもので、ついついスピードを出しすぎてしまいそうです。 次の違反キップはスピードオーバーかな……。

 そんなわけで車の方は無事修理できたのですが、まだ本題の裁判所行きが残っています。全きにして善良かつ誠実な市民である私としては、米国滞在七年目にして初の裁判所ということでありまして、若干の動揺は免れません。まあ、仕方ないので米国土産の社会見学だと思って行ってくるつもりです。

 裁判所までかっ飛ばすゼYeah!


2005年 10月4日 火曜日

 すったもんだの末、今朝より自動車が入院措置となりました。朝、修理屋に車を置き捨ててそこから徒歩で会社に向かったのですが。。。遠っ!

 距離としては5マイルくらいだと思うのですが、上り坂であることと、途中で迷ってぐるぐる回ったこともあって結局2時間近く歩きつづけるはめに。帰りはバスで帰ってきたのですが、会社からバス停まで徒歩30分かかる上、バスが来るのは一時間に一本(い、田舎…?)早く車が直ることを祈るばかりです。

 健康にはいいのかもしれないけれど、ねえ?


2005年 9月30日 金曜日

 今日は朝イチで起きて、自動車の修理に行く予定でした。まあ起きたら既に11時回ってたんですが。慌てて修理屋へと行ったものの、もう今日は12時でクローズだからってことで、月曜の朝にアポイントだけ入れて帰ってきました。会社半休取らなきゃ……。

 そもそも今回はなぜ修理が必要かと言いますと、話は数日前にさかのぼるのですが……。

 午後9時過ぎ頃でしょうか、会社帰りにインターステイト高速道路を走っていたのですよ。ふと気が付くとぴったりと後ろにくっついているパトカー。バックミラーに写る赤と青の派手な光。

 走行速度は約時速69マイル。制限速度の時速65マイルをややオーバーしているとはいえ、普通は捕まるようなスピードではありません。一体何事なのかと混乱しつつも、路肩に車を寄せて停止。間もなく警察官が寄ってきて曰く、「ちょっとギアをパーキングに入れてアクセル踏んでみろ。」意図が全く理解できぬまま、言われたとおりにしてみると、「うん、うるさいね、それ違反だから。」チャリーン罰金$350。

 おーまいが。車がうるさくて違反て。別に何かそういう改造をしているわけでもないし、確かに排気ダクトの調子が悪くて多少うるさいとは言え、横を走っている巨大なトラックと比べたらぜんぜんかわいいもんですよ。

 保険の証明を見せなさい、はいはい保険ね。ありますよこのダッシュボードの中にーって、

 あ゛!!!そういやこないだ出張でレンタカー借りるからって念のために出して持っていってたんだっけ……。というわけで、保険証明不携帯で更に罰金+$350。そして裁判所に召喚。裁判の日までに車を直しておくこととのお達し。アーモウなんてこった。修理+最終的な罰金がいくらになるのか分かりませんが、全くやれやれです。


2005年 9月18日 日曜日

 ついに行ってきました。オハイオに来たら必ず一度は行っておきたい観光名所ナンバーワン、ナイアガラ滝!!

 ここオハイオでは昔から20歳の誕生日にこの滝に飛び込むのが習わしでして、それを達成すると成人の仲間入りということになっています。

 というのはまあ嘘ですが(そもそも滝があるのはNY州&カナダ国だし)、オハイオに来たらおそらく誰もが訪れるであろう観光地なのです。であるにも関わらず、この地に着てより半年、未だ訪れる機会がなかったんですよ。全く肩身の狭い思いをしていたのですが、これで私もようやく一端のオハイオ人であります。

 しかしまあ、写真やテレビなど映像では何度も見たものですが、実際行ってみるといやはや大したモンですね。Maid of Mistっていう見学クルーズで滝壷の間近まで行くことができるのですが、なんとも壮大なものでホトホト感心しました。しかしよくもまあここまで観光におあつらえむきな自然建造物あったものですね。地球もなかなかどうして侮り難い。

 とかなんとか、ナイアガラ滝及び周辺の土産物屋を巡って帰ってきました。カナダへ渡ったりアメリカに戻ったり国境線を挟んでの観光ということで、一応通貨の違いなどもあります。ただし、付近の店は大概どちらの貨幣でも使用可能になっていました。その辺りさすが観光地ですね。今回は日帰りだったので、ちょっと観光時間の割には運転時間が長めでしたが、滝周りに関してはそれでも十分に見て回ることができました。一泊予定で行くと、他にカジノやら付近のアウトレットモールなんかも楽しめるかもしれません。

 そうそう、国境を越えて観光をする際は、パスポートが必要なのはもちろん、VISAで入国している人は関連書類なんかも必要になることがありますので、その辺はしっかり準備して行きましょう。最悪アメリカに戻ってこれなくなる可能性がありますので……。

 いろんな意味でどきどきした一日でありました。


2005年 9月11日 日曜日

 クリーヴランドはアメリカ五大湖のひとつエリー湖に面した街でして、私のアパートの部屋からも湖が眺められたりするのですが、ダウンタウンなどからも少し北に走ると湖畔に突き当たる、そういった土地であります。

 ところで、そのエリー湖の中には、数は多くありませんが幾つかの島が存在します。今週末は、それらの島の中の一つ、South Bass Islandに行ってきました。クリーブランドからやや西、トレドとの中間辺りにある、6平方kmにも満たない小島です。島内にはPut-in-Bayと呼ばれる街があり、島全体がちょっとしたリゾートになっています。

 近隣の港からフェリーで島へ渡った後は、ゴルフカートをレンタルして島内を回りました。普通の車も走っているのですが、なにせ小さい島ですのでゴルフカートや自転車でも簡単に端から端まで走破できてしまいます。

 しかし、今回始めて経験したのですが、ゴルフカートの運転って案外に難しいんですね……。発進するときどう頑張ってみてもガクンと急発進になってしまいます。あれはマシンのせいなのかなあ?そういえばアクセルべた踏みでも他のカートによく追い抜かれたし。

 まあそんな感じでゴルフカートを駆り、島の方々で食事をしたり、パターゴルフに興じたり、ワイナリーでワインを試飲したり、湖を眺めたりとリゾート気分を満喫して帰ってきました。近くにこんなところがあったんだ、と意外に思う程良い感じのところでした。もう今年はシーズンも終わりだと思いますが、機会があればまた行ってみたいなと思います。

 仕事が忙しいとついついゴロリと過ごしてしまいがちな週末ですが、折角アメリカにいるのだから、こうしてなるべくいろいろな所に出かけたいものだと思った次第でした。


2005年 9月6日 火曜日

 約三週間の長期出張から帰ってきました。行き先は米国某州にある、会社の中央研究所です。山の中奥深くにまるで要塞のようにしてそびえ立つ研究所は、ある意味風光明媚。

 滞在中は研究所敷地内のゲストハウスに宿泊しておりました。そこは会社のお偉いさんも泊まるところだそうでして、なかなかどうして素朴ながら重厚感のと趣きのある建物です。まあ、一週間もいると「缶詰?」って気がしてきますが。あ、でもワイン、ビール、軽食が無料で飲食できるのは良かった。

 まあしかし、出張先で何をしろとも言われず、何の予定も組まれずに、ただ「できるだけ多くの人と知り合いになってこい」と一言言われて一人ぽーんと放り込まれた次第なのですが、その放任極まりない扱いが返って変なプレッシャー。何かしなければならないのに、何をしたらいいのかわからない、っていうシチュエーションはどうも精神衛生上よろしくないようで。滞在中ずっとなにやら冷や汗が出るような気分でした……。おかげでワインを飲みすぎた!(そして太った!)

 なにはともあれ、無事にオツトメを終えてオハイオに帰ってこられてホントほっとしました。不思議なもので、出張に行って帰って来たら途端にクリーブランドに親しみがわいた気がするのでありました。


2005年 8月13日 土曜日

 Amish村訪問記の続編です。前回日記をご覧になっていない方は先に下の7/28の日記をどうぞ。

 稀に行き交う自動車を除けば行けども行けども何の障害もない、アメリカの田舎道。そんな路上に現れた見慣れぬ車両。路上に自動車以外の物があると、案外目に入らないものなのでしょうか。危うく追突するところで回避して、横に並んで除いてみると、なんと馬車ではないですか。

 うわ、映画みたい!って感じですが、 これぞ我々が求めていたものですよ!さてはいよいよAmish村に入ったかと辺りを見回すものの、相変わらず立ち並ぶ電信柱。まあ馬車が走っていたということは目的地は近いはず。探索を継続することしばし。行くほどに馬車との遭遇率は増し、Amish特有の服装をした人も多くみかけるようになるが、 相変わらず路肩の電線は途切れることがありません。

 ある程度行ったところでちょっとした商店があったので立ち寄ることに。その商店の前の広場には自動車用の駐車場の他に、馬車専用の駐車場があったりして、多少普通の商店とは異なった雰囲気を作り出しています。

 店内に入ってみれば、簡単な食品類やコーラなど飲料に加えて、Amish土産的な物もかなり売られていました。店内にも一見してAmishの人もいれば、一般人も見受けられます。ついでに言うと店のレジ係もAmishの女性二人。明らかにそれと分かる独特の服装をした人がいなければ、ごく普通のコンビニ兼土産物屋と大して変わりません。

 そこの商店で手に入れた、無料のAmish村観光ガイドを手に再び出発するものの、ガイドに載っているのは僅かな土産屋の類のみ。しかも朝遅く出発したのが祟って既に店々は閉まる時間……。

 そういったところで、我々が出した結論はずばり、

どうやらこの地域のAmishは一般市民と融合して生活しているらしい

ということ。無計画にぐるっと回ってみただけの経験からの感想なので必ずしも一般的な事実ではないのかもしれませんが、それはそれでかなり興味深くもあります。

 如何に環境問題が騒がれようと最早「原始」の生活に戻ることのできない我々ですが、教義が厳格な故の宗教的対立が絶えない現代にあって、こういったAmishの姿勢は我々の社会の未来を考える一つのきっかけとなるのではないかと感じたのでした。


2005年 7月28日 木曜日

 先々週のことですが、アーミッシュ村へ行ってきました。アーミッシュというのは、電気やハイテク製品を使ってはならないという教義に特色のあるキリスト教系の一派。オハイオ州やペンシルベニア州を中心に、各地に共同体を作って穏やかに暮らしています。

 エコロジーだのスローライフだのには少々関心があるので、以前からアーミッシュには興味はあったんですよ。ちょっと調べてみたら、案外クリーブランドからも近いところにアーミッシュ村があるということで、それではとでかけてきた次第です。

 当日は早起きに失敗し、昼過ぎになってようやく出発の運びとなりましたが、まあこれは想定の範囲内。プリントアウトしたアーミッシュ村があるという地域一帯の地図を片手に約一時間のドライブです。

 しかし、少々有名なアーミッシュ村とは言ってもいわゆる観光地ではありませんから、

 ←アーミッシュ村この先1km

の類の標識もなければ、「ようこそアーミッシュ村へ!」と大書されたゲートも存在しません。近くまで行ってみてから気が付いたのですが、一体どこからどこまでがアーミッシュ村なのかよくわからないんですよ。持ってきた地図は地図で全く大雑把なもので、付近と思しき場所までは来られるもののそこから先が分からない。

 とりあえず近くの売店(非アーミッシュ)でアーミッシュ村に行きたいんだけど、と尋ねてみたところ、そこらじゅうにあるわよとの返事。なにやら要領を得ないながらも車で散策することしばし。この辺は電線があるからアーミッシュ村じゃないよなあ、などと推察しながら走っていると、目の前の路上に何やらのろのろと走行する見慣れぬ車両が。

 ん……あれってもしかして?

 *****

 気の向くままにアーミッシュ村を目指し出発したが、杜撰な計画か災いしてなかなか目的地にたどり着けない。周囲に広がるはただただアメリカの田舎風景。と、そこへ現れた謎の車両。果たして無事にアーミッシュ村にたどり着くことができるのでしょうか!?

 次回に続く (明日の会議が早いから)


2005年 7月9日 土曜日

 はじめてのジャム作り。

 友人たちと自家製ブルーベリージャム作りに挑戦してきました。これまでジャムを自分で作ろうという発想自体がなかったのですが、やってみるとなかなか面白いものですね。

 ブルーベリーをつぶした物を煮て、砂糖と市販のペクチン粉末を加えて消毒した瓶に詰める。手順にしてしまえばこれだけです。作り始める前は、ジャム作りといえばひたすら根気良く長時間煮詰める、というイメージがあったのですが、思ったよりも簡単にできるんですね。それでもまあ、皆でわいわいがやがや、途中で追加買出しに行ったりしながら作ったので半日くらいかかりましたが。

 ところで、保存食として瓶詰めの手法を発明したのはニコラ・アペールというフランスの菓子職人だそうです。当時、ナポレオンの公募した軍用保存食アイデア懸賞に応募して、見事に懸賞を勝ち取ったとのこと。真空状態に密閉してから殺菌する、ただそれだけの全くシンプルな手法ですが、アペールの時代から200年経った今でも基本的に同じ原理が使われ、そして効果の程は皆さんご存知の通りです。資源を浪費することなくシンプルで有効な方法、こういうのをエレガントな発明、と言うのでしょうね。

 その恩恵で、今回数瓶持って帰ってきた、ジャムも長い間楽しむことができそうです。 唯一の問題は家でパンを食べる機会がほとんどないということでしょうか・・・・・・。ご飯派なので・・・・・・。


 米にかけるわけにはいかないよなぁ。


2005年 7月4日 月曜日

 7月4日は独立記念日ということで、米国では祝日。全米各地で花火を上げて祝います。米国で独立宣言が採択された日、アメリカの誕生日、なのですが、外国人である私にとっては花火大会のある祝日くらいの感覚でしょうか。もっとも日本の建国記念日にも特に感慨があるわけではありませんが……。

 さて、日本では夏を通しての風物詩である花火大会ですが、こちらでは今日この日に花火大会が集中。そもそも趣旨が違うとはいえ、同日にあちこちで開催される花火、一箇所見に行くと当然他の所は見られません。クリーヴランド一年生としては一体どれを見に行ったものだか分からない。

 まあ都会のがきっとでかいんだろ、って単純な憶測で、ダウンタウンエリアの、Flatsと呼ばれるウォーターフロント再開発地区まで行ってきました。Nautica Powerhouseという、発電所跡地を利用したレストランで夕食の後、近くの川岸のテラスに移動して花火見物。

 花火自体は時間はやや短めながらも、打ち上げ地点が近く、また大型の花火を惜しみなく連続点火するのでかなりの迫力でした。

 今までの夏は帰国してしまっていたりで、この独立記念日花火を見たのは数年ぶりだったのですが、思った以上に楽しめました。いやいや行って良かった。

 一日寝て過ごさなくて良かった。


2005年 7月2日 土曜日

ヒロシです。 三ヶ月くらい前に注文していた本、ついに届きましたよ!

 何の本かと言うと、右の写真の通り、「ヒロシです。」日本在住の方、近年日本に行ってテレビをご覧になった方はご存知だと思いますが、いわゆるお笑い芸人です。

 私は元来さほどお笑い好きではないのですが、去年の夏に帰国した時に見て以来、このヒロシだけは本当に気に入っているんですよ。アメリカに戻ってから、いつの間にかヒロシの本が出版されていると知って早速注文。ようやく届いたというわけです。早速一巻を読み終わった所ですが、いやーほんと最高ですよ。

 他人を馬鹿にするものや、叫んだり大仰なアクションで笑いを取る類のお笑いはどうも苦手なもので、その点でもヒロシは面白いだけでなく見ていてほっとする芸人なんですね。

 いつまで飽きられずに活躍していられるのかは分かりませんが、私の中では歴史に残るほどのフェイバリット芸人なのです。

 クリーブランド・ノートは米国からヒロシを応援しています!


2005年 6月27日 月曜日

 今日から会社で研修が始まりました。とはいっても、新入社員研修ではなく、統計を使った生産管理といった類の研修です。入社してから今まで全く研修というものがなかったので、ちょっと新鮮。大学を卒業して以来の「講義」に懐かしさを感じます。

 必死で眠気に耐えるこの感覚も懐かしい。


2005年 6月22日 水曜日

 毎週、なんだかんだで土日も仕事をしないと追いつかないことが多くなってきました。しかし、週末に無人のオフィスで働くのはストレスだし、折角新しい街に来たのになかなか探索もできない……。

 そこで一計を案じました。仕事の時間を確保しつつ、多少街の探索にもなる、折衷案。すなわち、クリーブランド周辺のコーヒーショップ巡りです。近頃はワイヤレスインターネット接続サービスを提供しているカフェが増えてきまして、ワイヤレスLANカードの入ったラップトップコンピュータを持っていけば、自宅やオフィスでなくてもインターネットに接続ができるんですよ。ついでにハードトークンと呼ばれる、一定時間毎に変更されるパスワードを表示する端末を使用すれば外からでも会社のイントラネットにもアクセスできるので、オフィスと変わらぬ環境で仕事ができてしまいます。

 そういった背景のもと、周辺の(インターネットが使えそうな)コーヒーショップを、毎週末転々と巡って仕事っていうのがここ最近の習慣になっています。そして、折角ですので各コーヒーショップの紹介ページ、COFFEE@Corvallisとしてサイトを開設した当初のコンテンツを、Cleveland版で復活させてみました。

 興味のある方は左メニューの、COFFEE@Clevelandよりご覧下さい。


2005年 6月18日 土曜日

 前回の日記からも分かる通り、私は1980年(昭和55年)6月13日の生まれなんですが、何かっていうと、実はこの日、13日の金曜日、に当たるんですね。13日の金曜日といえば映画ジェイソンなどでもお馴染みのアンラッキーデー。由来には諸説あるようですが、主にキリスト教の系統のようですね。ちなみにウチのアパートなんかも13階がなく、12階の次は14階になってます。飛行機の座席も、航空会社によっては13列を飛ばしています(次に飛行機に乗るときにチェック!)。

 てなわけで、私と同年同月同日の生まれの人はもちろん同じく13日の金曜日生まれなわけですが、これって結構レアなんじゃない?と思うわけですよ。そして、希少なものには付加価値と昔から決まっておるのです。で、一体どのくらい希少なのかなーとドキドキワクワクしながら行った概算は以下のとおり。

 13日生まれの確率 x それが金曜日である確率
 = (12/365.2425) x (1/7)
 = 0.00469355487...

 オヨソ0.47%、って、あれ、思ったよりレアじゃなくない?この計算が正しければ、日本全体に約56万人、世界全体では2900万人からの13日の金曜日生まれがいることになります。似たような数字で、カナダ国の人口が約3000万人だったと記憶しているのですが、地球上でカナダ人が希少価値が出るほどレアかというと、全くもってそんなことはありませんよね。 ……だめじゃん13日の金曜日。

 13日の金曜日プラス仏滅(漫画「うる星やつら」の主人公が確かそんな設定)だともうちょい数は減りますが、それでも480万人。ラオスなどちょっとした小国程の人口です。ちなみに1980年6月13日は残念ながら(?)大安ナリ。

 とまあ、13日の金曜日生まれに希少価値は認められない、というつまらない結論に達してしまったわけですが、そんなことより、未だに6/13(十三分の六!)くらい冷蔵庫の中に残っているケーキをどうするかというのが目下直面する緊急課題なのでありました。

 ええと、どなたか近日中に誕生日の方いらっしゃいませんか?ケーキを無料で進呈(え゛


2005年 6月13日 月曜日

Topsで買ってきたチーズケーキ。甘ぃ・・・。 ハピバースデートゥーミー。ハピバースデートゥーミー。

 ってなもんで一人自宅で自分の誕生日を祝っておったのですが、なにぶんケーキが甘すぎて、とてもじゃないが食べきれない……。

 ま、何はともあれ、25歳になりましたよ。


2005年 6月7日 火曜日

 更新が長らく滞ってしまいまして、無駄足を踏ませてしまった方には申し訳ありません。月並みな話でまったく恐縮なのですが、どうも仕事が忙しくて。

 ウチの会社は、まあアメリカの会社らしく、完全に成果主義なんですよ。一日の勤務時間が3時間だろうと18時間だろうと、結果さえ出せば会社は一切に気にしません。当然タイムカードもなければ、勤怠管理といったものもなく、誰がいつ働いているのかなど誰もチェックしていません。こう書くと大らかでいいようですが、逆に言うと何時間働こうと残業手当がビタ一文でないと、いうことでもあるんですね。

 そういった事情もあって、アメリカ人の社員は基本的にまあ5〜6時には帰宅してしまいます。とーこーろーがー。私だけなんか毎日仕事が終わらなくて、10時11時、時には日付が変わるまでオフィスにたった一人残っていたりします。週末も土日の内一日は仕事に費やす始末。なんで自分ひとりだけこんなに仕事が終わらないのか良く分かりませんが(終わってなくても帰ってる人がいる疑惑)、深夜近くに帰ってきて夕飯兼翌日の弁当を作っていたりすると少々憂鬱に。こんなはずでは。

 考えてみれば学生の頃も夜中過ぎまでひいこら言いながら宿題やっていたので、特に変わらないといえば変わらないのですが……。ほらそこはやっぱり社会人ですから、いろいろ期待するものもあるじゃないですか。アフター5とか、アフター5とか、もしくはアフター5とか。

 ところで、最近この地方でも随分気温が上がってきました。で、今日はオフィスでこの夏のエアコン稼動初日だったんですよ。そうしたらもう、オフィス内がエアコンから噴出されるカビやらホコリやらで充満してしまいまして。アレルギーが発症して仕事にならないので途中で切り上げて帰ってきました。おかげでちょっと時間ができてこうしてウェブサイトを久々に更新できました。

 今後しばらく、問題が発生する度に更新されるサイトになるやもしれません……。


2005年 5月28日 土曜日

 ボランティアな週の話その二。

 今週はもう一つ、こちらは会社主催でボランティアの機会がありました。ウチの会社では毎年この時期に、全国地域社会の日、のようなものがありまして。この日は一日、社内の希望者が地区毎に集まって、地元でボランティア活動をすることになっています。もっとも希望者のみと言っても社員の8、9割以上が参加するので、ある種無言の強制力は生じていますが。

 ともあれ、そんなこんなで、ここクリーブランド地区では、地元のドラッグ・アルコール中毒の女性のための更生施設の全面改装を行いました。具体的な仕事内容は、建物の掃除、ペンキ塗り換え、駐車場・庭の補修、子供用遊戯具の設置などです。こうリストしてみると何やら大した仕事ではなさそうですが、相手は築百年を越える大きな建物に、一部が半ば原野と化している広大な敷地とあって、実際はかなりの大仕事でした。

 私は何かの弾みで、裏庭整備の担当になったのですが、長年に渡って蓄積された落ち葉や朽木、張り巡らされた草木の根、そこで生れ育った数多の虫たち……。1メートル四方を切り開くのに20分近くかかるような有様で、昔の開拓者の苦労の一端を垣間見たような気がしました。

 その他にも遊戯具設置のために地面をひたすらスコップで掘り返したりと、結構な労働でした。百数十人が一日がかりで働いたにも関わらず、一部計画通りに終わらなかったりして、翌日に続きをやった社員もいたようです。

 実はこの作業、おそらくどっかから重機を借りてきたら、それこそあっという間に終わったのでしょうけれど、それじゃあ有難味がないというかなんというか、あんまりボランティアっぽくありませんからねぇ。ま、それなりに達成感もあり、運動不足の解消にもなり、たまにはこういう日があってもあっても良いですね。


2005年 5月25日 水曜日

 ボランティアな週の話その一。

 22日日曜日に、地元日本人会主催のお祭りがありました。クリーヴランド市内の公園に仮設テントを設置して、屋台やら太鼓などの演目を披露するなど、アメリカでは滅多にお目にかかれない日本の雰囲気が味わえて、素朴ながらもなかなかの妙趣でありました。

 で、私がそこで何をしていたのかと言うと、実はボランティアでお好み焼きを焼いたり売ったりしておりました。そもそも家族連れが来場者の大半になるであろうこの日本人会祭り、独身者で地元にほとんど知り合いも私が一人で出かけると寂しいことになるのは明白だったので、それならばいっそボランティアにでも応募して内部に飛び込んでみるか、ということで応募していたのですが……。

 結果としては大正解というか予感的中というか。熱い鉄板の上でお好み焼きを焼き続けるのは思ったよりも重労働で、販売数が100食を超えたころには結構へとへとになったのですが、おかげで貴重な日本人の知り合いも若干できましたし。一人で客として来ていたらくるっと一周廻ってせいぜい15分くらいで帰っていたことでしょうから、それを考えれば全く正しい選択だったかと思います。お店屋さん自体も楽しかったですし。結構好きなんですよ、こういうの。

 お好み焼き焼きも手馴れてきて楽しくなって頃、一瞬転職も考えたのですが、売り上げ−原材料費−人件費を頭の中で概算したら店員がボランティアじゃないと成り立ちそうになかったので早くも断念。


2005年 5月14日 土曜日

 地元の日本語補修校主催の図書バザーに行ってきました。

日本語補修校というのは、親の赴任などの理由でアメリカに滞在している日本人の児童や学生が、主に国語(日本語)の授業を受けるための機関で、主に土曜日などに、地元の学校の教室などを借りて行われているようです。

 でまあ、今日はそこのバザーで日本語の書籍が一冊50セントと格安で手に入ると聞いて行ってきたんですよ。一応一般人も参加できるとは事前に聞いていたんですが、なにせ場所が地元のハイスクールです。補修校の学生という年ではないし、ましてはその保護者という年でもない。そんな私が本当に入って大丈夫なのか、学校の敷地内をうろうろしてたら通報されるんじゃないか、と少々心配していたのですが、幸いにも杞憂でした。

 会場に入ってみると、日本人らしき人がいっぱい。普段の生活で日本人にお目にかかることは滅多にないので(自宅と会社を車で往復する生活してては当たり前です)、なんかちょっとドキドキ。

 それにしても、文庫本だけでなくハードカバーまで一冊50セントだとは思いませんでした。沢山買いこんできたので、次回のバザーの時には交換できるように、張り切って読みたいと思います。

 日本語バンザイ!


2005年 5月12日 木曜日

 先日の話なんですが。

 夜中、ふとサイレンが鳴っているのに気づいて目を覚ましたんですよ。時計を見ると深夜二時半。文字通り丑三つ時です。
どうやら火災報知器のようですが、眠れないほどの大音量でもなかったので、このまま無視して寝ていようかとも思ったのですが、『アパート火災で邦人焼死』などと翌日の新聞を飾ってはかないません。

 仕方なく起きだして着替えようとしていると、そこへきて激しくノックされるドア。HELP!HELP!と叫んでいるのが聞こえるじゃありませんか。いよいよこれは正真正銘の火災かと、慌ててドアを開けますと、見知らぬオバちゃんが飛び込んでくるじゃあありませんか。

 一体どうしたのかと尋ねても、ひどく興奮した様子で何やらまくしたてるばかりで、さっぱり要領を得ません。それでもどうにか分かってきたことは、

 ・ 火事ではない
 ・ この警報はこのオバちゃんのしわざ
 ・ オバちゃんは同じアパートの上の方の階の住人
 ・ 旦那だかボーイフレンドだか友達だか誰だかと喧嘩して殴られたので逃げてきた

 といったこと。なにせ誰もが銃を買える国のことですから、ただの喧嘩でもその点馬鹿にならない部分はありますが、とりあえず避難の必要はなさそうです。むしろ家に転がり込んだ正体不明のオバちゃんをどうするか。

 オバちゃん、電話を貸してくれというので貸してやると、しばらく話し込んだ後曰く、イトコが迎えにくるからそれまでここにいさせてくれと言う。

 ちなみにこの時点でまだ火災報知器は鳴りっぱなし。そして当然の帰結として、間もなくサイレンを響かせて到着する消防車。ほどなくして消防士が上がってきました。正直このオバちゃんを持て余していたので、やれ助かったと廊下にいる消防士に話しに行こうとしたんですよ。

 しかし、ここまで大事になるとは思っていなかったのか、オバちゃんここへきて消防士に会うのを渋り始めます。仕方ないので消防士に話しに一人で廊下に出ると、背後でカチャリと閉まるドア。

 あっ!!!!

 って感じです。まさに。オバちゃんがすぐに思い直して開けて出てきたので助かりましたが、冷や汗かきましたよ。まさか自分のアパートから締め出されるとは。

 その後無事にオバちゃんを消防士に引き渡して、この事件は一件落着となったワケですが、まーしかし、何でこの階の、この部屋にオバちゃんが逃げ込んできたのか。ランダムに選んだとして、20階建のアパートのこの階のこの部屋に来るのは結構な低確率だと思うんですけどねえ。

 さすがにすっかり目が冴えてしまい、この後しばらく寝付けずに、翌日仕事中眠くて仕方がありませんでした。あのオバちゃんはその後どうなったのか、知る由もありませんが、おそらく消防士にこってり絞られたことでしょう。

 しかし、あれだけ火災報知器鳴り続けていたのに、近所の人はほとんど誰も部屋から出てこなかったんですが……ホントの火災だったらみんな焼けちゃうんじゃないかと、ちょっと心配です。


2005年 5月10日 火曜日

 ちょっとしたエピソードがあったんで、これはぜひ日記に書かねばなるまい!って、思っていたんですけどあえなく寝る時間になってしまったのでまた次の機会にでも……。

 社会人になってから、睡眠時間が延びました。寝坊とか会社で居眠りするわけにいかないので、なるべく睡眠は取ることにしています。学生の頃に比べて活動時間が短くなったような気はしますが、実は当時も睡眠削ったフリして勉強中に長時間目をつぶっていたり、授業中に気絶したりしていたので、ひょっとすると一日あたりの睡眠時間はあまり変わらないのかもしれませんが。


2005年 5月4日 水曜日

 日本では今ゴールデンウィークの真っ最中ですね。案外祝日の少ないアメリカでは残念ながら通常通りの営業です。

 ところで、この連休を利用(?)して、私の直属の上司を含めて数人が、日本から一週間の予定で出張にきています。何せ入社後すぐにアメリカ赴任になってしまったこともあって、その上司に直接会うのはこれで二回目。メールや電話などで日頃連絡をとっているとはいえ、なかなか不思議な感覚ではあります。

 日本食レストランで寿司デラックスなど食べさせてもらいました。それも二食連続。日本人は毎日Sushiを食べているに違いない、って勘違いしているアメリカ人が稀にいますが、まさにその通りの状況です。同じ日本食レストランに行っても、いつもチキンテリヤキとか、せいぜいカツ丼しか食べてない身としてはまあ欣喜雀躍といったところです。食べすぎでちょっと胃もたれ気味ですが、日本に帰ってしまう前にもう一度くらいごちそうになろうかと思います。

 ところで、久しぶりのコラム更新。留学生活雑記#13: アメリカン・サーヴィスを追加しました。


2005年 4月29日 金曜日

 ついにフトンを買いましたよ!

 今回、一年半と滞在期間が限られているもので、わざわざ大仰なベッドを購入するのはどうも躊躇してしていたんですよ。ピックアップトラックではないので自分の車に積める大きさには限度がありますし、平日昼間は会社にでかけている独身者としては、自宅に待機していなければならない宅配もイマイチ不便です。できれば自分一人の力で運べないような大きい物はいずれにせよ面倒なのでできるだけ避けたいところです。

 こういうときは、日本風に折りたたみのできる布団があると便利なんですが、そこは基本的にベッド文化圏である米国。掛け布団はあっても敷布団が存在しません。いやまあ、実はFUTONと呼ばれる物があるにはあるんですが、この国で布団と言うと、折りたたみでベッド様にもなるいわゆるソファーベッドを表すんです。

 このFUTONのクッション部分だけを床に敷けばそれなりに日本の布団っぽく使えるんですが、フレーム部とセット販売だったりしてなかなか手頃な品を見つけられずにいたんです。一度オンラインショップで購入を試みたのですが、なんかいつまでたっても商品を送ってこないものでキャンセル。そんな曲折を経て、ようやく先日地元の家具屋でFUTONマットのみ購入することができました。

 そうして晴れてその晩から布団で寝ることのできる身分になったわけですが、いやー、いいもんですね。かなり厚みのある代物なので、気分はもうお殿様です。苦しゅうない、もそっと近こう、もそっと近こう。

 夜寝るのが楽しみなんてなかなかないことで良ろしいかと思うのですが、その分朝起きるのがますます辛くなったような気も……。基本的にフレックスタイムな会社なので、徐々に出社時間が遅くなり始めた入社二ヶ月目。

 ちなみに布団買う前どうやって寝ていたかは秘密です。


2005年 4月25日 月曜日

 結局先週は一度も更新できずに終わってしまいました。無駄足を踏ませてしまった方には申し訳ありません。

 で、何していたかというと、風邪をひきさらしまして。まだ入社二ヶ月目の身としてはそうそう会社を休むワケにもいきません。とりあえずなんとか出社だけはして、アパートに帰り着くなり薬飲んで就寝の生活が続いておりました。

 それはさておき……。この周辺では土曜日曜にかけてなんと雪が降りまして。場所によっては結構ガッツリ積もったりして。折から桜が満開だったのですが、桜と雪のコラボなんて初めて見ましたよホント。この時期にこの量の降雪は、オハイオでもさすがに異例の事らしく、市内各所で雪の重みで折れた樹木などによって道路が塞がったり電線が切断されたりで混乱もあったようです。

 そんな天気をよそに、ふと思い立って丸坊主にしてみました。社会人で坊主ってのも如何なものかと若干の疑問を残しながら今朝は出社したのですが、特に問題も発生しなかったので一安心です。

 しかしオフィスの中で一体何人がこの変化に気づいてくれたのか…。新たな疑問です。


2005年 4月16日 土曜日

エリー湖畔(クリックでオリジナルサイズに拡大) 湖沿いを散歩してきました。アメリカの地図を見ていただければ分かるとおり、オハイオ州クリーブランドは五大湖の一つエリー湖に面した街。現在私が住んでいるアパートも湖に隣接して立っています。先月までは氷結していた湖もすっかり溶けたことですし、これからの季節の散歩には丁度いいかと思っています。

 しかし、湖とは言ってもこの規模になると見かけ上はもうほとんど海と変わりませんね。淡水湖のはずなのですが、太平洋沿岸で生まれ育った身としてはどうもこのサイズの水溜りが淡水であるということにイメージが合致しません。

 舐めてみて確認すればわかる……とは思ったんですが、どうもこの水を口に入れる勇気が湧かず断念。

 一応水質は改善されてきているということですけどねぇ。


2005年 4月13日 水曜日

 私の所属しているプロジェクトチームのメンバーがアメリカ、日本、インドと各地に分散しているために、週に一度、三ヶ国電話会議があります。

 電話とインターネットを利用してチームミーティングができるのはいいんですが、さすがに時差ばっかりはどうにもならず。結果我々アメリカ組が早朝出社、日本組が残業……ということになっているんですよ。便利なようで便利でない世の中です。早起きが苦手で、三文払ってでも寝ていたいタイプである私は、いつ寝坊で会議をミスるかと全く不安でなりません。

 ちなみに本日の電話会議の内容は、失敗したプロジェクトの反省会。私の入社前からのプロジェクトなので直接関わっていないプロジェクトのことなのですが、今後の参考の為にも大人しく聞いているつもりだったのですが……。そしたらまあ、いきなり話しかけられてビックリですよ。電話会議の利点を活用してドーナツかじりながら聞いていたのでさらにビックリ。んがぐぐ。


2005年 4月11日 月曜日

 Microsoft Moneyにハマっています。友人に教えてもらって最近使い始めたのですが、これがまた随分面白い。マイクロソフトの回し者じゃあないけれど、ほんと便利ですわこれ。

 現在、生活は米国、給与振込み先は日本、と少々面倒なことになっているのですが(円高祈願!)、日米両方の口座を一元管理できるのが何より助かります。支出分析機能なんかも、まあ、役に立つかどうかはともかく、分類分析好きの私にとっては十分なオモチャ代わりです。貯蓄計画機能なんかもあるんで、日本に帰るまでに新車購入を目指して貯金してみようかな、なんて思ってます。あ、ちなみに、今の$500カーは日本に持って行きませんよ。だって運輸費が$500じゃ絶対きかないし!日本で左ハンドルのスバルってのもそれなりにシュールで良いですけどねぇ。

 ……とまあ、このように便利で楽しいMS Money、銀行によってなかなかシンクロが上手くいかなかったりするのはご愛嬌です。

 ちょくちょく強制終了が起きるのもご、ごご、ご愛嬌、です……。(こういうとこがマイクロソフトらしいよなぁ。。。)


2005年 4月7日 木曜日

 先日、免許の書き換えと自動車の車両登録の変更に行ってきたんですよ。アメリカの交通法は基本的に州政府の管轄なんで、州ごとに制度の違いがあります。隣の州に入ったら運転できない…なんてことはさすがにありませんが、州境を越えて引っ越すと免許証の書き換えなど色々面倒です。

 ここオハイオ州では、他州の免許からの書き換えは、学科試験を受けなおす必要があります。毎日運転はしているので、青信号はススメ、赤信号はトマレってのは覚えているんですけども、踏み切りの手前の駐停車禁止区間は何フィートか、なんて聞かれても分からないんですよ。仕方ないから多少勉強し直しです。まあ、学科試験は勉強すれば済むんですけど、それよりも緊張したのが排気ガスチェック。郡指定のステーションで排ガスが基準内に収まっているかどうかチェック、これにパスしないとナンバープレートを発行してもらえない仕組みになっています。何せ古い車です。

 非常に効率の悪いシステムになっておりまして、テストはここ、免許証の交付はここ、車両情報の確認はここ、登録はここ……などと、免許証を書き換えてナンバープレートをもらうまでに、あちこちの役場をたらい回しにされるんですよ。次にどこへ行って何をしたらいいのかが明示されていない上、窓口の職員はアメリカ流の超不親切対応です。もー迷うこと迷うこと。しかも役場ごとの仕事の割り振りが不均一なもので、一部の役場では一時間待ちでも、次に行く役場はガラガラだったり。もっとも、ガラガラの役場でも職員同士でくっちゃべってて窓口に並んでもなかなか対応してくれないんで、やっぱりそれなりに時間かかるんですけどね……。
 


2005年 4月2日 土曜日

 右の写真の通りの天気でした。ここのところすっかりクリーブランド地方も暖かくなってきて、春だ春だと浮かれていたらこの有様ですよ。そういや昨日職場で同僚が、「明日雪らしいぜhehe」って言っていたのを思い出しました。またしょうもないジョークを言って…こんな暖かいのにもう雪は降らんから。なーんて思っていたのが甘かった。雪どころか吹雪いてますよ。もう4月なのに。ごめんよマイク。君が正しかった。

 しかし今日は、雪が降ったので一回休み、って感じの一日を過ごしてしまいました。いかんいかん、折角の週末なのに。


2005年 3月31日 木曜日

 書類上は1月から、実質今月から社会人になりました。授業料を払う立場から給料を貰う立場へと、24年目にしてようやく単月黒字化を達成です。累積赤字に関してはこの際とりあえず目をつぶり、いよいよ華やかな生活のスタート!

 ……かと思ったんですが、どうも今のところあまり華やかでない。というかむしろ学生時代以上に地味?おかしい・・・。

 原因は幾つかあるのですが、まず勘違いしていたことの一つが職場のロケーション。クリーブランドといえば人口二百万超の大都市、さぞかし都会的でオシャレな毎日が待っているかと思ったのですが…。よく考えたらオフィスの場所はダウンタウンから車で約2、30分。高速道路を使ってその時間ですから、田舎とは言わないまでも、都会のイメージとはかけ離れた場所。アパートもオフィスに近い郊外の住宅街といったところにあるので、アパートとオフィスの往復をしている分には、あれれれれ、といった感じです。

 まあ、その代わりというかなんというか、貯金だけは増えていきそうです。会社の同僚は皆基本的にはディナーまでには妻子の元へ帰ります。いわゆる飲み会、といったものも全くと言っていいほどありませんし、ほとんどお金を使う機会がないんですよ。もう日本に帰るまで貯めておくってのもいいんですが、ちょっと寂しいのは否めませんねえ。


2005年 3月26日 土曜日

 前回の更新から一ヶ月近くが経過してしまいましたが、無事にアメリカについて、今月始めよりオハイオ州クリーブランドのオフィスで勤務しています。

 引越しのどさくさや、勤務時間の関係でなかなか自宅にインターネット環境が整備できず、もどかしい思いをしていましたが、先日ようやくインターネット&ケーブルTVを導入しました。ネットに繋げられなかった一ヶ月間に何ひとつ書き溜めていないあたり、我ながらとても自分らしいと思うのですが、まあ今後は再び週1〜2回のペースを目処に更新していく予定です。

 学生から社会人になり、本人の感覚はどうあれ、一応は留学生の括りから外れたということになるのでしょうか。その辺、サイトの解説やコンテンツに若干の齟齬が生じてしまうかもしれませんが、徐々に修正していきたいと思います。

 ちなみに、サイトタイトルは『COFFEE@CorvallisにENGINE@AnnArbor』から『クリーブランド・ノート (COFFEE@Corvallis III)』に変わりました。変わりましたが、別に旧称をそのまま使って頂いても構いません。ま、適当に、適当に。


2005年 2月28日 月曜日

 本日いよいよ、米国に向けて出発します。大学院を卒業して終了したはずの留学生活、今度は企業からの研修と形を変えて再開です。

 昨年末に帰省してからほぼ二ヶ月間、日本の実家でのんびりと過ごしたのですが、その間に懐かしい人との再会、新しい出会い、別れが様々にありました。この貴重な時間を与えてくれた会社、家族、友人たちには本当に感謝です。

 それでは……

 皆の期待を背に負って、One-wayチケット握り締め、再び行きます。

 いざ、アメリカへ!!!



 というわけで次回の更新は、環境が整い次第、再びアメリカからの発信となる予定です。


2005年 2月19日 土曜日

 うわっ、もう来たよVISA!

 大使館にVISAの面接に行ったのは一昨日の日記に書いた通りなんですが、まさか二日で来るとは思いも及びませんでした。もっとゆっくりで良かったのに……。

 余りのスピード発給だったもので、一瞬VISAが届いたことをしばらく隠蔽しようかと悪計が頭を過ぎりましたが、そこは正直に会社にも伝えました。まあ、いつまでも日本で遊んでいると、ここのサイトに書くこともなくなってしまいますからね。そろそろ腰を上げようかと。渡米は今月末あたりになりそうです。


2005年 2月17日 木曜日 晴れ後曇り

 VISA申請の為の面接に、東京は赤坂、米国大使館へと行ってきた。これまで都合二度、学生ビザの申請は行ったのであるが、当時は面接が義務付けられておらず、実質今回が初めての面接である。前もってオンラインで入れておいた予約時間は午前10時15分。移動にかかる時間も考えると、結構朝早い。

 実は今現在、VISA待ちで渡米できないということで、全く出社もせず遊んでいるにも関わらず給料だけは入ってくるという、貴族のような生活を送っているのである。まあ、悪く言えば給料泥棒なのだが、これでもし寝坊でVISA面接を逃して発給遅れなんかになった日には、さすがにクビが危ういかと思われる。勤務開始前に失業というのも洒落にならん。早めに行こうと思ったが、着いてみたらば結構ぎりぎり。更にはこの冬寒空の下、大使館前には長蛇の列が。おいおいこれでは予約の時間に間に合わぬぞと少々焦ったのであるが、後にしてみれば全く問題はなかった。面接の予約時間というのはどうやら単なる目安に過ぎぬようで、おそらく午前中に大使館に入れれば良いといった具合なのだろう。

 とにかく、敷地前のゲートで並び、建物入口前でまた並び、二度目のセキュリティチェックを経てようやく館内。書類を出して、指紋を採られ、暫く待ったらはいご苦労さん。面接とは名ばかりで、窓口で本人が書類を提出、というのが正しい表現かと思われる。

 書類に貼った写真の背景がやや青がかっていたせいで撮り直しを命じられたのだが、そこは便利なもので大使館内に25秒証明写真ボックスが設置されている。1000円の追加出費ではあったが、まあ仕方ない。

 とまあ、そういった次第で一応のVISA申請が済んだのである。あとは、VISAの発給まで”できるだけ時間がかかって”この貴族生活が続くことを祈るばかり。

 領事の皆さん、テイクユアタイム。


2005年 2月9日 水曜日 晴れ

 サッカーW杯アジア最終予選、日本対北朝鮮。日本国内にお住まいの方々には御覧になられた方も多いかと思います。目下のところ実家で悠々自適な生活を送っている私も、ご多分に漏れず午後七時よりテレビの前に貼り付いておりました。

 試合は中々にエキサイティングな展開となりまして、結果も日本代表が勝利して万々歳。しかし、このような選手が各国を代表して競うスポーツ国際大会というのは、日本国内にいて自分が日本人であるということを意識する結構珍しいシチュエーションですね。海外で生活していると否応無しに、自分が外人、アジア人、日本人であると感じる機会は多々あるのですが……。この辺の話は案外面白いところであると常々思っておりまして。次回の日記の代替に、少々愚見、開陳致してみようかと。まあ、そんなこと言っておいて過去ログ改竄しつつ全く無関係のこと書くかもしれませんが。はてさて。


2005年 2月3日 木曜日 晴れ

 オレゴン時代の友人二人と、箱根に遊びに行ってきました。

 出発前夜に参加を決めて当日朝に現地で合流という飛び入り参加だったのですが、おかげで楽しい一日を過ごすことができました。

 同行した二人の内一人が韓国人ということで、会話は英語中心です。日本国内で英語で会話っていうのもまた中々新鮮なもので、会話の中にどうにもこうにも訳しづらいものが発見されたりするんですよ。例えば『やまかけそば』とか。とろろ、なんて訳語どころか、日本国外で見たことないし。四苦八苦して説明しようとしようとしていたら、お店の人が英語版メニューを持ってきてくれました。その辺りの準備はさすが観光地。『とろろ』は『grated yam(すりおろしたヤム芋)』となっていました。yamってアメリカのスーパーでよく売っている、オレンジ色っぽいサツマイモの偽者のことかと思っていたのですけれども……?もっともアメリカのことですからpotateでもsweet potateでもないイモ類は十把一絡げにyamと呼称してしまっている可能性もありますが。真相は不明です。

 完全に説明しきれない内に、当の韓国人の友人が、じゃあそのやまかけそばにしてみる、と言い出したのでこれは一体止めるべきなのだろうかと一瞬躊躇したのですが……。幸いにも当の本人はとろろも問題なく美味いと食べていたのでほっとしました。

 何はともあれ、小学校の遠足以来の箱根、遊覧船に乗ったり大涌谷で黒タマゴ食べたり富士屋ホテルで遊んだり、まあ一日よく遊んできましたよ。街のあちこちで♪はっこねのやっまは〜、って滝廉太郎が流れているのも相変わらずで微笑ましい。今回は入らなかったのですが、次回はこれで温泉が加われば最高ですね。


2005年 1月11日 火曜日 晴れ

 1月8日に再渡米、10日月曜より勤務開始。

 なんて偉そうに言っていたのに、まだのうのうと日本に滞在しております。以前より、ちょっとこれは怪しいなぁ、とは思っていたのですが、案の定渡米予定日までにVISAの問題が解決せず。フライトの日付を変更して、現在は自宅待機となっています。

 冬休みが伸びた、うわぁい。などと喜んでいたのが罰当たりだったのか、すっかり風邪をひいてしまいまして。昨日は朝から晩まで寝込んでいました。幸いにも一日で回復したのですが、折角延長された冬休み、有意義に過ごしたいところです。というかむしろ暇なので誰か遊んでください。





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